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デッドエンドの迷宮 パンドラボクス編 プロローグ①

更新日:2024年12月19日

『皆さん、起きてください。校舎3階の廊下に集まってください。これから2名の《退学処分》を行います』

 耳障りな《校長》のアナウンスで目が覚める。

 カーテンを開くと、青き空から朝日が差し込んできて眩しい。

 だがこの世界で空の色にそこまで意味は無い。

 何故なら、24時間ずっと朝のままだからだ。

 ドタドタと周りが騒がしい。俺は鏡を見て寝癖を直し、

 洗顔などの最低限の身支度を済ませると、宿舎を出て校舎の3階へと向かう。相変わらず何人もの生徒達が走り回っていて騒がしい。

 廊下には赤いエデンの制服を着た《生徒》が既に集まっていた。まぁ、俺もだが。

 この様子……。《退学者》が出たというのはマジらしい。

「天音(アマネ)さん」

 切羽詰まった声で女子に呼ばれる。


 人込みの中から、その少女は現れる。

「ん? 真白(マシロ)か。おはよう」

 真白。下の名前は知らない。そもそも、この世界で下の名前を知られることは《タブー》だしな。

「マ、マイペースですね……。大変なことに、なってますよ?」

 真白はこの世界に飛ばされて一番最初に出会った生徒だったので、話すようになった。

「……《退学者》が出たんだな?」

 この世界で《退学》することはすなわち、死を意味する。

「はい。ど、どうしたら……」

「いや、どうしようもない……な。俺たちにできるのは、冥福を祈る事だけだ」

「そんな……。な、なんでそんな冷静なんですか?」

 真白に困惑されてしまう。

 正直、最序盤で《退学者》が出るのは俺の想定の範囲内だし、そこまで慌てる話ではないと思う。


 ――――全てを欺き、利用しろ。それだけがお前の“全て”だ。


 内なる声が静かに宣告する。だが俺は、内心でその冷酷な声を嫌悪する。

「……真白は見ない方がいいと思う。多分、トラウマになると思うし」

「……っ」


『――――残念ですが、エデン、アビス、両陣営で《退学者》が出ました。《納税》の履行ができない者を《校則》第9条に則り、《処分》します』


「い、嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だぁぁ!」

「死にたくなぃ~~~!」

 《校長》が金縛りにあったかのように直立する男子生徒と女子生徒をそれぞれアイアンメイデンの中に手際よく入れていく。


 窓の外から見下ろす校庭には、200個のアイアンメイデンが並べられている。二人が入れられたのは、その内の二つだった。なかなか壮観な光景ではある。日常ではまずあり得ない状況。それがこの意味の分からない世界の姿だった。

そして対面にはアビスの校舎があり、窓越しに向こうが見える。アビス陣営も動揺しているらしく、音は聞こえないが表情や様子で錯乱が伝わってくる。

これは好機でもある。アビス陣営の生徒達の様子を探っておくか。俺は注意深く一人一人を流し見で観察していく。

 そして、その中の7人と、一瞬だけ目が合う。

 そいつらは、異質だった。動揺する生徒達の中で、その3人のみ静寂。

 “俺と同じ”だった。この状況で、何も感じていない。


 1人目は男。不謹慎にも自信に満ちた笑みを浮かべ、鋭い目つきが油断なく俺を捉えている。細身で顔も整っているが肉食獣のような雰囲気、とでも言えばいいのか。存在感が異常に強かった。同類を見つけたとでも言いたげな、嫌な視線だった。

 2人目も男。上の空に近い表情だが、この状況で人が死ぬこと以外に重要なことでもあるのか、何かを考えているような思案顔。ホストのような夜を感じさせる妖しげな気配と、大学教授を思わせる理知的な表情が独特の相反する空気を作っている。男は俺の視線に釣られて一瞬こちらを見るが、即座に興味を失い、ぼぉっとした表情でアイアンメイデンを見下ろしている。

 3人目は女。こいつはこの状況で、アイアンメイデンではなく、敵陣営である俺たちエデンの生徒達を“観察”していた。俺たちが“どの程度”なのかを“計る”かのような、残酷な視線だった。俺と目が合うと意味深な笑みを浮かべた。「少しはマシな奴もいる」とでも言いたげな、傲慢と好戦的な敵意が入り混じった笑みだった。

 4人目も女。ゆるふわな可愛らしい見た目をしており、佇まいが愛嬌に満ちているが、眼下の死の景色はどうでもいいのか、配られた《生徒手帳》をパラパラと捲っている。視線が上がり俺と目が合うとニコッと屈託なく微笑んだ。その笑顔があまりにも自然過ぎて、逆にこの場においては不自然だった。

 5人目は男。ギリ、と音が聞こえてくるぐらい忌々し気に表情を歪め眼下の景色を睨みつけている。そこには恐怖は無く、燃え滾るような怒りのみ。俺と目が合うと凄まじい眼光で睨みつけてきた。

 6人目は女。静かに不気味な笑みを浮かべている。目の奥にはどこか暗い影があり、何かに魅入られたかのように眼下を見つめている。それはこれから始まる惨劇に胸を躍らせて、殺人をまるでお菓子のように啄むような。まるでそんな残酷な表情だった。俺の視線にすら気付かず、じっと仄暗い視線と静かな狂気の笑みを浮かべたままだ。

 7人目は男。こいつは”普通”だった。平凡な顔立ちで、特徴といった特徴も無い。自然な無表情で、やや猫背気味でだらしなく壁に背を預けながらポケットに手を突っ込んでいる。その辺にいそうなフリーターのような印象。だがこれから行われるのは処刑だ。その”普通”は”異常”でしかなく、違和感が無いことが違和感だった。4人目のゆるふわ女と少し方向性は似ているかもしれない。誰にも興味がないのか、眠そうにぼんやりしている。


 ――――こいつらは“危険”だ。


 俺の心の中で警鐘が鳴る。

 アビスには、曲者がいる。

 この先アビスと戦っていくのであれば、必ず“この7人”が障害となることは間違いない。

 しかも、全員タイプが違う。

 こいつらが手を組み、相乗効果で組織力を向上させることは明白だ。タイプが違うということは、それぞれに得意分野があり相互補助できるということ。隙が無い、ということだ。早急にエデン陣営の人材を洗い出し、対抗策を練らなければならないだろう。


 いつの間にか、皆が泣き叫んでいた。

 真白も呆然と口に手を当てて、泣きそうになっている。だから言ったのにな……。見ない方がいいって。

 気付かぬうちに処刑は終わっていたらしい。

 校庭の200ある内の2つのアイアンメイデンから、血が吹きこぼれている。

「……」

 少しだけ、感慨深くなる。



 やはりこの世界は“現実”なのだと、そういう意味でだ。

 ふと顔を上げ、もう一度アビス校舎の方を見るが、もうその7人は姿を消していた。

 あいつらを打ち負かさなければ、エデンに勝利は無い……か。難易度は高そうだな。これほどまでの窮地、かつての人生であっただろうか?

「何……笑ってるんですか?」

 真白が恐れるように俺を見つめている。

「いや、夢なら覚めてくれと思っただけさ」

 咄嗟に嘘を吐いた。

 他人の死にここまで無感情だと思われるのはリスクでしかない。

 俺は改めてこの世界で、戦う決意を固めた。


 ――――アビスを倒し、エデンを勝利へ導く。


 それが俺の役割であり、この世界での俺の為すべきことなのだと。


 ――――この時はまだ、そう思っていた。

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